AI時代の若手の育成(その2)
この1年間で、生成AI活用のステージからAIエージェント活用のステージに急激にステージアップしている感じです。この勢いでAIが進化していくと、「今後人間がやることは何が残るのか」というトピックがよく話題に上がってくるようになりました。
この議論の参考になる本を見つけました。2026年7月に発行された「ヒトとAI」(岡野原 大輔 著)です。

岡野原さんはPreferred Networksの創業社長で、AIの最先端を走っておられる方です。この本は専門用語を使わずにAIの技術レベルの現状を解説してあり、専門家ではない人でも何とかついていける内容になっています。
AIエージェントが進化していった先での人間の役割については次のように記述されています。
(以下・部分は記事からの抜粋)
・エージェントが並列に実行や試行を担う状況では、人間の役割は、目的と制約を定めることと、最終的にどの判断を引き受けるかを決めることに集約される。前者が指揮であり、後者が統合である。
・指揮とは、目的や制約、優先順位を定め、それらを状況に応じて更新し続ける営みである。何を目指し、どこまでを許容し、何を後回しにするかを決めることで、エージェントに向かうべき方向性を与える。これは、行為を直接制御する仕事ではない。行為が向かう全体の流れに枠を与える仕事である。
・指揮は一度決めたら終わりではない。環境の変化、状況の進展、新たに得られた情報によって、変わり続ける。当初に立てた目的や制約は容易に陳腐化する。そのたびに、何を維持し、何を修正し、何を捨てるかを判断し直す必要がある。指揮とは、最初に決めた計画を忠実に守ることではなく、状況の変化を受け止めながら方向を保ち続ける営みである。
・統合とは、エージェントが生み出した複数の結果を評価し、その中からどの結果を採用するかを決め、意思決定として引き受ける行為である。評価が良し悪しを判定することだとすれば、統合は、その判定を不可逆の判断として固定することである。統合が行われた瞬間、他の選択肢は可能性のままで閉じられ、以後の行為は、その判断を前提として進む。
・1つを選び、他を捨てるという行為は、採用しなかった可能性を切り捨て、その結果を自らの判断として引き受けることである。
・AIエージェントが並列に探索や実行を行うようになると、選択肢が生成される速度と量は飛躍的に増える。その結果、どれを採用するかを決めなければならない場面が、組織のあらゆる階層に現れる。
→要は、指揮と統合ができる人を育てるのが人材育成のターゲットとなります。
また、今後の教育の方向性についても述べられています。
・思考のプロセスを外部化することは、同時に思考の「足腰」を鍛える機会を失うことを意味するからだ。AIと言う強力なアトラクター(誘引子)が存在する重力圏の中で、人間がいかにして自律的な軌道を維持し、判断の主体であり続けられるか。教育の役割は、この1点に集約されつつある。
・ハルシネーション(もっともらしい嘘)を見抜き、論理の飛躍を指摘するためには、皮肉なことに、AIがショートカットしてくれるはずの「地道な学習」によって培われる知識の体系が不可欠なのである。
・教育において知識は、もはや「答えを出すための道具」ではない。それは、AIと言う強力な他者の思考を使い回すための適切な問いを作り、その結果を監査し、手綱を握り続けるための「足場」として再定義される。
・AIによって知識へのアクセスが容易になる時、教育の中心は、何をどれだけ知っているかそのものではなく、何を問うかという能力へと移っていく。
・さらに、問いを立てた後には、その結果を評価する能力が求められる。AIが大量の提案や選択肢を生成できる世界では、それらの中から何を良いとみなすのか、何を退けるのかを判断しなければならない。この判断は、絶対の正解、不正解があるのではなく、必ず価値判断が含まれる。
・価値観の基礎をなす哲学や倫理も、抽象的な教養としてではなく、実際の判断を支える知として、改めて教育の中核に位置づけられる必要がある。
→アスペンセミナーのような取り組みが今後ますます重要になっていくと思います。
また、安宅和人さんのBlog「ニューロサイエンスとマーケティングの間」の中にも参考となる記事がありました。
2026.5.26「AI native時代の袋小路ー見立てる力はどこから来るのか」
・現在、ディレクションやダメ出しが的確にデキる人(そもそも相当に少ないが)は、ほぼ例外なく、過去に相当量の判断過程を自分で行って来た人たちだ。
・上流に置かれた判断能力とは、大量の現実のナマの、場合によっては下流の経験を圧縮し、蒸留したものだと言える。
・ここからが本当に大事なところなのだが、観察によって見立てる力が育つには、絶対的な前提条件がある。それは、観察する側の身体に、すでに染み込んだナマで多様な経験が相当量存在することだ。
→上記お二人の方のコメントを踏まえると、若手の育成には、自分で判断する経験を、しかもある程度の量をこなすことが必要だということになります。効率的ないい方法が存在するのではなく、結局のところ、泥臭い地道な経験の積み重ねをするしかないと思います。
これから必要な力は、まず何をやるかを閃く力です。閃くためには、それまでの知識や経験の蓄積と、閃く(かつ知識、経験を得る)原動力となる好奇心が必要です。やることが決まれば、それをAIに放り込めば答えがいくつか出てきますから、次に必要となるのが、採用する答えを決める力です。全て正解とも言える選択肢が並ぶ中で、一つを選び出すためには、自分の価値観が必要です。
価値観の醸成には、いろいろな経験が(成功も失敗も)役に立ちますが、次の2つの研修は個人的にすごく役に立ちました。
1つ目は東京女子医科大学の「バイオメディカルカリキュラム(BMC)」です。これは週2日1年間東京女子医大に通って、医学の基礎を講義、実習を通して学ぶ研修です。2つ目が日本アスペン研究所の「アスペン・セミナー」です。これは5日間郊外の研修施設に缶詰になって古今東西の古典と対話する研修です。ともに、普段の仕事では触れない世界でしたが、その後の自分の価値判断のベースの構築に大きく寄与しました。何が役に立つかは人それぞれですが、仕事以外の世界に触れることも大事だと思いました。

