リモートの壁
この4月からリモートワークが当り前になりましたが、始めた当初、リモートの困難さのレベルとして、次の3段階のハードルがあるだろうと想定していました。
第1段階:会議
第2段階:面接
第3段階:飲み会
第1段階の会議は、やってみると意外にスムーズにできて、議題が明確な打ち合わせの場合、リアルの会議よりも非常に効率的で、リアル会議の半分の時間でできることが分かりました。リアル会議の満足度を100とすると、リモート会議はいい点がいろいろとあるので満足度は120くらいです。効率性からいうと問題ないのですが、一方課題もあります。会議が半分の時間ですむのは無駄口を叩かないためですが、逆に無駄口をキッカケにして始まる新しいアイデアが生まれる余白もなくなりました。そのため、雑談だけをする時間を意図的に設定する等の仕掛けも必要となります。
第2段階の面接は、評価が難しくまず無理だろうと思っていましたが、やってみると1on1なら、やり方を工夫するとリモートでも問題なく評価できることが分かりました。リアル面接の評価精度を100とすると、リモート面接の評価精度は90くらいあります。
第3段階の飲み会、これはまだいい方法がないです。リアル飲み会の満足度を100とすると、リモート飲み会だと参加人数を4人以下に絞っても満足度は50くらいです。
この差は何からくるのだろうとつらつら考えていましたが、最近読んだ本にヒントとなることが書いてありました。その本は、養老孟司さんと山極寿一さんの対談本「虫とゴリラ」です。
以下、ヒントとなった山極さんのコメントの抜粋です。
『人間の身体の信頼性というのは、触覚、味覚、嗅覚、聴覚、視覚の順で薄れていく。』
『ゴリラの集団を見ていて面白いのは、昼寝などの時、ベッドを作らずに一緒に眠る時にはね、お互いにみんな体のどこかが「接触」しているんですよ。これは犬でも猫でも、ペットを飼っているとわかります。飼い主の足元に来てちょこっと触れる。この体でつながっているという感覚は、とても重要みたいですね。』
『「お母さん、手をつないで」って言いますでしょう。あの感覚は非常に根源的な、個体と個体のつながりを表していると思います。人間同士だけではなく、その先にある世界そのものとつながっているような安心感がありますよね。人間が根源的に求めている感覚なんだと思います。』
この部分を読んでいた時は、食事をしながら本を読んでいたので、本を開いたままにしておける「BOOK on BOOK」というアクリル製の透明な板を本の上に置いていました。
その時、アクリル板を通して本を読むと何故か本の魅力が低下するなと感じました。紙の新聞を読むときは何故かワクワクして楽しいですが、電子版の新聞を読む時は単に情報を得るためとなり、その楽しさはなくなります。これと同じ感覚をアクリル板越しの本にも感じました。
そして、上記抜粋部分を読んだ時に閃きました。触れることの大事さ、触ろうとすれば触ることができる感覚が大事なのではないか。本の上にアクリル板1枚があっただけで、空気の遮断が感覚的に起きて直接触ることができない違和感を感じるのでは?それで魅力が低下するのではと考えました。本を読むときに、文字に手で触りながら読むわけではありませんが、手で触ろうとすれば触れることができる。この感覚が大事なのではないかと思いつきました。
コミュニケーションが自然と生まれる場所としてよく挙げられるのが、焚き火を囲んだときや、たばこ部屋があります。焚き火もたばこ部屋も、人と人が触ろうとすれば触れる距離に自然に近づける場所ですが、その近い距離に入れることによってお互いに信頼感が生まれ、コミュニケーションが自然と生まれるのではと考えました。また、端に距離が近いだけではなく、焚き火を囲んだときは、暖かさを通して相手と繋がっている気がする、たばこ部屋では、同じ灰皿に灰を落とすことによって相手と繋がっている気がするのではとも考えられます。
以上の事象をベースに考え出したのが、「信頼感を醸成するのに大事なのは触覚繋がりで、実際に相手と接触していなくても、触ろうと思えば触れる距離感に相手があると感じられれば信頼感は醸成される」という仮説です。初対面でも一緒に飲むと親しくなるのも同じメカニズムではないかと思います。
以上から、リモートの壁を越えるためには、何らかの方法で相手と触れる感覚があればいいとなります。さてそれをどうやって実現するか? VR等の技術を活用して実現するというのが真っ当なアプローチですが、すぐに実験できるローテクな方法はないかと考えました。
思いついたのが、オンライン飲み会で最初に乾杯をするシーンです。乾杯する時に、通常画面に向かってグラスを掲げますが、その時に相手のグラスとぶつかる感覚があればいいのではと考えました。ただし画面(正確にはカメラ)にグラスをぶつけると危ないので、カメラの前に透明なアクリル板を設置して、乾杯のかけ声と同時に、お互いカメラの前のアクリル板にグラスをぶつけ合う。これなら簡単に実験ができます。
まだ試していないので効果のほどは分かりませんが、こうした馬鹿げた実験を繰り返していくと、(大抵失敗しますが)そのうちこの課題を解決するヒントが見つかるような気がします。馬鹿げたアイデアでも馬鹿にせずに、これからも遊び心でいろいろと実験してみようと思います。