第5回【夢と仕事】

さて、GNP 通信「就活講座」第5回の今日は「夢と仕事」についてお話します。 皆さん何らか夢をお持ちだろうと思います。 でも、就職するに当たって、現実は厳しく夢の実現はまさに夢であって、どこかにしまっておくしかないと考えるのが普通です。 仕事は遊びではないので、夢はプライベ ートの時間に実現しようと考える人もいるでしょう。 一番いいのは仕事を通じて夢を実現できることですが、 はなから無理だと諦めていませんか。 

私の例をお話します。 私は小さい頃から「鉄腕アトム」が好きで、将来自分で作りたいという漠然とした夢を持っていました。 なぜ漠然かというと、当時の技術では(今でも同じですが) 空を飛ぶ鉄腕アトムは技術的に不可能だったからです。 実現不可能な夢だったので真剣には考えていませんでした。 大学で機械工学を専攻し、設計工学研究室というロボットもやっている研究室に入ったのはこの漠然とした夢がきっかけになっています。 卒論の研究はスターリングエンジンという新しい概念のエンジンの模型をマイコン(パソコンではなく、自分で半田付けして作ったワンボードコンピュータで簡単な演算しかできないものでした)を使って 最適制御のシミュレーションをするというもので、夢に何となく関連しそうなことをやりました。 

さて、就職先をどうするかという段ではたと困りました。 今ならホンダとかソニーに入ってASIMOとかAIBOを作るという道を選んだ可能性がありますが、当時あったのは東芝とかNECに入って、ロボットのパーツ(手とかセンサーとなる目とか)の研究をするという道でした。 私がやりたかったのはアトム全部を創ることで、 アトムの一部をつくることではなかったので、ロボット関連の研究をやっているから東芝等に入ろうとは思いませんでした。(余談ですが、一昨年ホンダでASIMOの開発を最初から担当してきた広瀬さんと話す機会があり、開発をスタートしたときの経緯を聞きました。 スタートしたのは私が就職した2年後だったので、や はり当時のホンダはロボットをやっていなかったことが確認できました。)

そこで当時の技術でアトムを創るのに一番近い仕事は何かと考え、思いついたのは日産(当時スカイラインターボ等を出して勢いが一番ありました)に入って車を1台つくるという道です。 アトムは別に足がなくてもいいではないかと考えました。 しかし、いろいろ調べていくと、自動車会社に入ってできるのはエンジンの設計とか、ボディの設計であって、1 台まるごと自分で創れないというのが分かり違うなと思いやめました。 では、なぜ JT に入社したかというと、2つ理由があります。1つは他の回った会社は将来にわたって自分のやる仕事が見えてしまいわくわく感を感じなかったが、JTだけは何をやるかは分からなかったという点。 もう1つは会社を辞めるまでに工場を1つ自分で創れるかもしれないと感じた点です。(当時新工場を創るプロ ジェクトが進行中でした)無人化工場であれば、建物自体は動かなくても、中は動いているので、ばかでかいアトムだと考えられると思ったからです。(いまにして思えば、何となく JT の雰囲気と合いそうだと感じたのが大きかったのだと思いますが、当時そんないいかげんなことで会社を決めてしまっていいとは思わず、上記のような考え方で決めたと思っていました。)

さて、入社後このアトム工場を創る夢はどうなったでしょうか。 その後どんどん形が変わってきています。 実は入社4年目に、JT の工場に初めてアーム型ロボットを導入することを思いつき、いろいろと知恵を絞って無人搬送車と組み合わせたシステムを完成させました。 その時、工場ではないのですが、自分でまるごとロボットシステムを創り上げたという感覚を持てたので、「あれ、夢が実現しちゃったよ。 あとの会社生活で何を目標としよう」と感じて、以降しばらく(半年間ぐらい)夢の空白期間がおとずれます。 

そうこうするうちに、JT ニューヨーク事務所へ1年間研修にいける制度があることを知り、アメリカに行けば 何か自分に参考となることがあるはずだとの直感で選抜試験を受けることにしました。 無事合格し、(この 研修は中味は全て自分で企画することになっていたため)派遣されるまでの間に何をしようかをずっと考えていましたが、アメリカで日本より進んでいるものを勉強してこようという視点で絞込み、最終的にネットワー クを選びました。 当時日本ではパソコン通信の実験がやっと始まった頃で、アメリカではパソコン通信のネットワークが盛んになっており、日本よりはるかに先を行っていました。 ある日ふっと、アトムは形がなくてもいいのではないかとひらめき、目には見えないですが、アメリカを横断する通信ネットワークを構築してそれをアトムと名前をつければ、夢の復活ができると考えました。 アメリカではMacintoshという当時画期的なパソコンを使った、NY事務所とLA事務所を結ぶネットワークの構築をしましたが、これはその後、JT の海外拠点にMacが広まるきっかけとなりました。 

この後は現在に至るまで、幸いにして夢の空白期間は起こっていません。 ただし、アトムの形はどんどん 変わってきています。 パソコン通信のネットワークのあとは、ファックスのネットワークに変わり、その後、日本全国の工場(当時25工場ありました)の最適な製造体制となり、さらに世界中の最適な製造体制となり、 RJR 買収後はグローバルでシガレットビジネスを行なう最適な組織づくりと変わってきました。 現在はさらにその進化した姿がアトムの形となっています。 いまでも「夢は何ですか」と聞かれると、「アトムを創ることです」と答えますが、アトムの中味は来年になるとまた変わっているかもしれません。 

ここで夢を持ちつづけるコツを1つ伝授します。 それは自分と会社の両方が夢の実現に向けて歩みよることです。 会社が自分の夢に合わせてくれるとは、JT でASIMOのようなロボットをつくる事業を立ち上げることを意味しますが、まずやりません。(だから、皆さん夢を仕事で実現するなんて無理だと思うのですが)次に自分の夢を会社に合わせるとは、例えばたばこの新製品を開発してアトムと名づけるような場合ですが、 これでは形だけの夢の実現でおもしろくないですよね。 解決策はこの2つのアプローチの間にあると思います。 つまり、自分のアトムを創りたいという夢の本質は何かとよく掘り下げていくと、ロボットを創ることではなく、あるシステム全体を自分で創りあげることにたどり着きます。 また JT の事業も、たばこを作って売ることと固定的に考えるのではなく、本質はくつろぎとやすらぎを提供するビジネスだと定義すれば、自分の夢の本質部分とマッチングさせる道を創りだすことが初めて可能となります。 (とはいっても、それでも簡単ではありませんが) 

以上、私の夢の生い立ち部分を紹介しましたが、夢の話は話し出すといくらでも語れるので、この辺にしておきます。 本日は、「夢は会社に入っても仕事で追い求めることは可能かもしれない」と何となく感じ取ってもらえたら幸いです。