ななつ星への道

最近いい本を見つけました。それは「ななつ星への道」という本です。

これは、JR九州が2013年10月に運行開始した豪華列車「クルーズトレイン ななつ星 in 九州」の開発ストーリーの本ですが、開発当時のJR九州の社長でこのプロジェクトの推進者だった唐池恒二さんが書かれた臨場感の溢れる内容となっています。

ななつ星の3泊4日の旅行代金は、2名で230万円~320万円(2024年9月~2025年2月出発分)と非常に高額ですが、毎回抽選になるというヒット商品です。(ななつ星の車両紹介はこちら)

この本には、ビジネスのヒントになることがたくさん詰まっていて、読んでいてなるほどとか、やはりそうだよねと頷きたくなるような話が満載されています。

ななつ星は、2021年、2022年、2023年に世界的に有名な旅行雑誌「コンデナスト・トラベラー」の列車部門の評価で3年連続の世界一に輝きました。ちなみにこのアワードにおいて、3年連続世界一になった列車はそれまでなかったそうです。唐池さんがスタート当初に目標としたヨーロッパの有名な豪華列車「オリエント・エクスプレス」は第3位。ということは、スタート当初に掲げた「世界一の列車」という夢は達成できたと言えます。

まずこのプロジェクトのスタートの段階から面白いです。唐池さんは2009年6月にJR九州の新社長に就任し、そのわずか1週間後に、早速本社の会議室に鉄道事業本部の幹部を集めて次のような話をされています。(『 』は本文からの抜粋です)

『「2011年には、いよいよ悲願の九州新幹線が全線開業する。その準備も佳境に入り、皆さんは大忙しだと思う。そうしたなか、一つの提案をしたい」

一同、何を言い出すやらと固唾を呑んでいるのが伝わってきます。

「新幹線が開業した後に、九州内を巡る、豪華な寝台列車を作ってみないか」

無理もありませんが、幹部一同、同じように呆れ顔。

しかし、めげずに続けます。

「私たちは会社発足以来、九州新幹線全線開業を唯一の、かつ最大の夢と掲げて邁進してきた。しかし、夢が実現するということは、夢がなくなるということ。夢のない組織は、大海に漂流する小舟と同じ。どこに向かうあてもなくさまようばかりだ。じゃあ、次の新しい夢を見ようじゃないか。豪華な寝台列車を走らせようじゃないか。それが次の夢だ」』

唐池さんご自身も鉄道の専門家ですから、豪華列車の実現はそんな甘いもんじゃないと当然認識されていました。例えば技術的な問題として、通常1~2両の短い列車しか運行していない九州山間部のローカル線に、100トンもある重い機関車を先頭とした8両編成の列車を走らせても大丈夫か。

また、商品としての根本的な課題も、大きく2つありました。

・そもそも高額な列車の旅に需要があるのか

・主なターゲットになりそうな富裕層の人たちには、どのようなサービスを提供するべきか

そこでいろいろな有識者の方にヒアリングに行くとともに、海外のいろいろな豪華列車の実地見学等を行って豪華列車に必要なことは何か研究を進めていきます。

その結果、旅行前の予約受付体制、出発駅での専用ラウンジ、名前を告げるだけで簡単に済むチェックイン、ホームへの専用ゲート、ピアノ生演奏など、「オリエント・エクスプレス」等の豪華列車から学んだことの多くをななつ星のサービスに取り入れていきます。

また唐池さんは、プロジェクト全体の推進をリードするだけではなくて、節目節目で重要な助言、提案をされて、プロジェクトの方向性を決める重要な役割を果たされています。

例えばデザインの方向性。デザインは、車両デザイナーとして有名な水戸岡鋭治さんに依頼していました。当時豪華列車というと、モダンさや斬新さという方向でデザインされるのが主流でしたが、唐池さんはそれに違和感を感じていました。本当の贅沢さと言うのは実はクラシックの方向にあるのではないかと考え、デザインの素人ながらプロの水戸岡さんに、モダンからクラシックへのデザイン方向性の変更ということを提案をされています。結果、水戸岡さんもその案を受け入れて、モダンからクラシックへ進路変更されました。

この話で凄いのは、社長が言ったからそっちの方向にしたのではなく、水戸岡さんご自身も、実はクラシックの方がいいんじゃないかという思いがあったという点です。

ななつ星の車両デザインは、運行開始から1年後の2014年10月には、鉄道デザインのノーベル賞とも言われている「ブルネル賞」を受賞していますので、この方向性変更は良かったということになります。

また、トップの仕事で大事なことは、夢を語るだけではなくて、その夢で部隊を引っ張っていくことがもっと大事ですが、唐池さんはまさにそれを実行されています。

2012年9月にななつ星のプレス発表会が博多駅の大ホールで、多くのメディア、旅行関係者を集めて、華々しく開催されました。もともと社内で事前に確認共有した唐池さんのスピーチ原稿には「日本一の列車目指します」とあったのですが、唐池さんは「世界一の列車を目指します」と意図的に言い間違えたのです。

『この言葉が世に出た瞬間から、ななつ星を取り巻く空気が明らかに変わりました。

「世界一」という言葉の魔力が途方もない夢を紡ぎ、その夢が関わる人たちすべてに溢ればかりの「氣」をもたらしたのです。』

また、こういう大きなプロジェクトには色々と課題が発生します。ある課題が発生し現場の担当者が困っているときに、唐池さんが直接交渉相手に電話して解決につなげていたり、また、どうしてもななつ星の列車の中で、大将にお寿司を握って欲しいお寿司屋さんがあったときに、自らそのお店を訪問して大将に直接交渉されたりしています。しかも最初は大将に断られるのですが、何回も何回も唐池さんご自身で訪問して口説き落とす。まるで前線の担当者のような仕事もされています。

これはサッカー例えると、監督で全体の作戦を指示しながら、ピンチとなるとディフェンスに入って失点を防ぎ、またチャンスになるといきなりフィールドに入って、得点をアシストするというような、八面六臂の活躍をされています。

非常に細かなところに目配り気配りされている事例もありました。

『ななつ星の運転士は、JR九州各支社の受け持ち線区ごとで交代制となっており、常に選りすぐりの優秀な運転士が出勤するようになっています。細かなことですが、運転士にもななつ星のユニフォームが毎回貸与されます。こうして、各支社の支社長以下全社員が「自分たちもななつ星の一員だ」と誇りを持って職務に当たるメンタリティーが培われます。』

こういった、細かなところの目配り気配りがななつ星の成功に大きく寄与していると思いました。

これからのビジネスを考えるときにヒントになるコメントもありました。

『人が作り出す手間暇こそが、人間が感動する最も大切な要素であると、ななつ星を通して強く確信を持ちました。車体幅2.9メートルという世界が生み出す人と人の距離感に、私は大いなる可能性を感じています。』

また、次に向けての手も打たれてるというのは面白いと思いました。

『クルーズトレイン本部には2024年から「Value Creation チーム」というセクションが新設されています。これはななつ星のお客様に、旅のみならず新たな価値を提供できないかと考えるために設置された部署です。何を提供するかはまだ決まっていません。ななつ星にお乗りいただいたお客様に、ひょっとすると形ではない何か新しいものをお渡しできるのはないか。そういった可能性に気づいて、クルー1期生の小川聡子さんを中心に、検討が進められています。』

これからどんなアイデアが出てくるのか楽しみです。

ななつ星の凄いところは、乗車されたお客様にいろいろな感動を提供しているところです。

『ななつ星に乗車されたお客様も、3泊4日の旅の中で何度か涙ぐむことがあります。というより、ほとんどの人が少なくとも1、2度は涙腺が緩みます。平均すると3~4回は涙します。もちろん、悲しくて涙するわけではありません。感動のあまり涙腺が緩んでしまうのです。』

最後に良いことが書いてありました。

『私たち「ななつ星」は、お客様の心が豊かになる時間を提供します。』

世の中にモノは既に溢れているので、私はこれから必要になってくるのは、「心の豊かさ」をどうやって創造提供していくか。これは、これからいろいろな分野で取り組まなきゃいけない課題、言い換えればビジネスチャンスになるだろう思います。

この本のあとがきで、水戸岡さんが語った唐池さんの人物評が的を得ているなと思いました。

『唐池さんの仕事の特徴は、プロジェクトの全体像の把握がまず恐ろしく速い。発端から結末まで、シミュレーションを1人でシューッとできて、それを整理整頓された文章で書いて見せてくれるから、関係者にもあっという間に浸透し、個々がやるべきことを理解できる。

望まれるクオリティーとスケジュールもちゃんとそこに示されているから、みんな迷わずミッションに邁進できる。

トラブルが発生したところにはさっとアドバイスを送り、場合によっては裏の調整役まで担ってくれる。

監督であり、プロデューサーでもあるけど、コーチもやるし、マネージャーでもあるし、プロモーターでもある。

そういうリーダーだから、みんなが目の前の仕事に没入しているうちに、いつのまにか大きな全体が完成していた。』

私は、これからのビジネスで必要な人材は、常識とか前例にとらわれない発想ができて、かつそのアイデアを実行に移せる人だと思います。こういうことができる人を、私は「変人」と名付けています。またリーダーに必要な要素は、この人ならついていきたいと思わせる人間力があることだと思います。そういう人は一言でいうと「チャーミングな人」だと思います。つまりこれから必要なのは「チャーミングな変人」だと考えています。唐池さんはまさにこの「チャーミングな変人」のロールモデルになる人だと思いました。こういうリーダーの元で仕事をすると、厳しいけれどワクワク(たまにドキドキ)しながら仕事ができて、すごく面白いに違いないですね。

唐池さんのチャーミングな変人さが分かる動画がこちらになります。(ちなみに、この動画にはValue Creationチームの小川聡子さんも登壇されています)

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