「いつかはクラウン」の消滅
最近トヨタがクラウンの新型を発表しました。価格は上位グレードにオプションを付けると700万円くらいになる高級車です。これまでクラウンは日本市場専用車という位置づけでしたが、今度の新型はグローバル市場をターゲットにしています。メルセデス・ベンツのCクラスも同じ価格帯ですから、この辺りの車種がグローバルで高級車ゾーンと言えるでしょう。
1983年のクラウンのCMに「いつかはクラウン」という有名なキャッチコピーがありました。当時のクラウンの価格は400万円くらいでしたが、大衆車の代表のトヨタ カローラの当時の価格は150万円、現在の価格は250万円くらいなので、現在国産車の中でも大衆車セグメントと高級車セグメントの価格差は拡大していると言えます。
「いつかはクラウン」というコピーが効いたのは、当時のトヨタのセダンにはカローラからクラウンの間に価格の異なる複数の車種が存在しており、カローラ→カリーナ→カムリ→マークII→クラウン と生活水準の向上に合わせて上位の車種に乗り換えていきたいという消費者の憧れがあったからです。
それが今はカローラの上はいきなりクラウンまで飛んでしまう、いわば間のステップアップしていくセグメントがごっそりとなくなった状態です。これは他のプロダクトでも同様だと気が付きました。
構造的にはボトムラインのプロダクトの性能・品質・デザインが向上して、それだけで十分満足できるレベルになってしまうと、上位グレードはデザイン等のいわばブランド価値で差別化するしかなくなるので、本当の高級品しか残らないということだと思います。
例えば、かって腕時計は国産時計メーカーがいろいろなブランドを出していましたが、今や機能だけを見るとApple Watchで十分過ぎるほどなので、憧れとして残るのはスイス製の高級品だけになってしまいました。
つまり5万円のApple Watchの上は、価格10倍の500万円のロレックスデイトナまで行かないと満足感(=浪費感)を味わえないという現象だと思います。
車に目を転じると、こちらも同じ道をたどると思います。ここ数年で各社の運転支援機能が急速に進化してきましたので、高速道路に限定するとほぼ自動運転が可能な車が出てきています。この高度運転支援機能が付いているのはまだ高級車のみですが、2030年頃には価格帯に関わらず車の標準機能になると思います。そうなると車のコモディティ化はさらに進み、300万円くらいのスタンダードな車でほとんどの人は十分満足して、さらなる満足感を得たい極少数の人が価格10倍の3000万円のフェラーリを買うという2極構造になるのではと推察します。
この変化の象徴はiPhoneで、iPhoneが1台あれば、かって必要だったモノがどんどんいらなくなってきています。電話、カメラ、オーディオプレーヤー、英語の辞書、道路地図、手帳、テレビ等いろいろな機能がiPhone1台に入ってしまいました。その結果、例えばカメラで実質的に残るのはミラーレス一眼の高級品だけとなっています。(そのうちミラーレス一眼もiPhoneに取って代わられ、残るはライカの高級品だけになるような気がします)
ブランド価値に10倍のお金を出すというのは、一般の人はまずやらないので、現実感のある憧れにはなりません。つまり便利になり過ぎて、「憧れ」がない世界に来てしまったとも言えると思います。
糸井重里さんの有名なキャッチコピーに「ほしいものが、ほしいわ」という1988年の西武百貨店の広告があります。今まさにスタンダートと価格がはるかに上の高級品の実質2択の世界になってきて、スタンダード品を手にいれてしまうと性能・品質的には十分なので、ほしいものがなくなるという状態だと思います。(百貨店も冬の時代で、「百貨店」という言葉自体が死語になりつつあります)
昔は毎月のお小遣いやお年玉を貯めて、1枚のレコードをやっと買うという楽しみ=「憧れ」がありました。今では音楽は無料で聞ける時代となり便利になりましたが、「憧れ」=楽しみ度は逆に減っている気がします。便利になれば幸せになると思いがちですが、便利な今の世の中になってみると、単純にそうではないということが分かってきました。
それでは、ステップアップしていく「憧れ」に代わる、これからのビジネスターゲットは何でしょう。
私は、全く新しいものではなく、逆に昔当たり前にあったけど今は失われたものにヒントがあるような気がしています。例えば「焚き火」や「満点の星空」。今こういうコトを体験すると感動します。昔に比べてはるかに便利な世の中になってきましたが、その一方でこういうシンプルな感動体験を味わう機会が減ってきていると感じます。
これはより便利な効率化した社会を目指すと、都会に人が集まっていき、結果自然に触れる機会が減っていくのは当然な流れです。また、効率化により日常のスピードがどんどん上がっていくと、時間の流れがスローになる「焚き火」や「星空」に向きあう心のゆとりがなくなってきているのだと思います。
今後技術が進化すればするほど、技術とは関係ない自然とのリアルな触れ合い、人とのリアルな触れ合いの価値が再認識され高まっていくと思います。つまりターゲットとして「自然と人との触れ合い」があると思います。
自分にとってのいい自然は、お金をかけて海外まで行かなくても国内にもたくさんあると思います。それはいわゆる有名な観光地ではない所にもたくさん存在していると思いますが、そういう場所を見つけるサポートをしてくれるサービスは残念ながらまだ始まっていません。
でも、いつかそういうサービスが始まるのを待っているより、さっさと自分で探しにいけばいいですね。(笑)